桜が創った「日本」
佐藤俊樹著
岩波新書
(紹介)
今,桜といえば,多くの日本人は,ソメイヨシノをイメージし(今ある桜の7~8割は,ソメイヨシノだといわれている。),春先に一斉に花が咲き,散る様を,もっとも日本らしい風景ととらえる。しかし,ソメイヨシノは,遺伝子解析の結果,幕末から明治初期,コマツオトメのようなエドヒガン系品種を母親に,オオシマザクラを父親として生まれたと考えられている。発生地は上野から染井,巣鴨,自然交配によるものである。それなのに,どうしてソメイヨシノが奏でる風景を「日本」であるととらえるようになったのかを,著者は考察する。
私はこの本に盛られたさまざまな,植物学,歴史,文学,地理等々の知見はとても面白かったが,著者が力点を置く「日本」の創られ方に関する考察には,あまり食指が動かない。というより,例えば,理念の重力,起源と反起源の遠近法,空転する言葉,不死のゼロ記号等々という概念を駆使して行われる考察,分析には,残念ながら素直に頭がついていかない。
とりえず,私にとって面白かった,具体的な知見を何点か,紹介しよう。
桜の種類は,大きく分けると自生種と園芸品種に分かれ,前者は,ヤマザクラ群(ヤマザクラ,オオヤマザクラ,オオシマザクラ,カスミザクラ),エドヒガン群(エドヒガン),マメザクラ群(マメザクラ),カンヒザクラ群(カンヒザクラ)が主なものである。後者はソメイヨシノや八重桜,その他,300種程度ある。
自生種について,西日本及び東日本でも暖かい地方は主にヤマザクラ,カスミザクラ,オオヤマザクラ,エドヒガンもひろく分布する(P7に地図あり。)。江戸までの書物に出てくる桜(ハナ)を特定するのはなかなか難しい。吉野の桜は,ヤマザクラであり,南北朝時代には現在に近い植え方になったといわれるが,江戸末期には衰微し,現在の桜は新しいものである。西行の歌に多くの桜が登場するが,そこでの吉野の桜は,どちらかといえば,空想上の存在である。
ソメイヨシノ以前の,「本当」の桜は,「山桜」だということがいわれるが,「山桜」も,ヤマザクラ,ヤマザクラ群,自生種の3つの意味があり,当然にヤマザクラを指すわけではない。
なおソメイヨシノには,種子から育った樹はない。自家不和合性という性質があり(種には必ず別の樹の遺伝子が混じる。)元の木の性質をそのままひきつがせるため,すべて,接ぎ木,挿し木で増やす。
ソメイヨシノの登場以前の花見は,一本桜ないし多品種の群桜であり,後者の場合1か月近く,しかも葉の混じった多品種の桜の花見である。
これらを基にした,明治以降の桜のとらえ方の変容,ナショナリズムとの関係,「神話」の形成等に関する分析(ⅡⅢ)は,私は触れない。