ここ数週間私に重くにまとわりついていた住民訴訟の書面書きがようやく終わった。私は原告側の住民の代理人として,業者が公共工事で談合をして高額で落札し,首長はこれを幇助したので,両者は落札金額と正当な競争入札があった場合に想定される落札金額の差額を自治体に返せという内容の訴訟を提起し,現在控訴審で,今回提出したのは結審前の最終準備書面だ。事柄の性質上,ストーリー性のない事件で,数字と則物的な事実が錯綜して入り乱れ,余りの書証の多さにいささか息切れ状態と言わざるを得ない。一審では業者に対する請求は認められたが,首長に対する請求は棄却,さて控訴審ではどうなるか。今の段階であれこれ言うことは気が引けるので,結果が出たら報告することにしよう。
地獄谷の話をしたい。
立山室堂平に,地獄谷という所がある。地獄谷は,立山火山の爆裂火口 で,比較的平坦な窪地に,硫黄の臭いがたちこめ,荒涼とした地肌に多くの噴気孔があり,水蒸気を噴出している。もちろん有毒である。遊歩道を通る限り安全だが,長居は無用だ。
今から7,8年前だろうか。ようやく登山に慣れはじめた頃,立山に登り,その折,地獄谷にも立ち寄った。地獄谷は,室堂平のターミナルからも比較的近いのでそれこそ旗を持ったバスガイドが観光客にこの谷のことをあれこれ説明していた。それを聞くともなく聞いていると「馬鹿な弁護士ですね。」と言っている。何のことかすぐには理解できなかったが,もう少し近寄って聞いてみると,「大分前だが,地獄谷の噴気孔の湯だまりに露天風呂代わりに入って死んだ者がいる。危険だからやめてくれ。皆さんはしませんね。それは弁護士で,遺族が裁判を起こして負けたそうだ。」,「馬鹿な弁護士ですね。」という説明の流れのようだった。
そのときは,作り話だろうと思っていたが,あとで思い出して判例を調べてみると実際にあったことだった(訟務月報46巻9号3598頁)。
事実関係と判断のポイントは「本件事故は,Hが,本件遊歩道から通路もない斜面を下り,強い硫黄臭がしていて,人の手が加えられた露天風呂でないことが一見して分かる湯溜まりⅡに露天風呂代わりに入った際に生じたものであり,加えるに,Hは,ひまわり山歩会に所属し,月一,二回の広島県内での登山のほか年に三回ほどは県外で泊まりがけの登山を行い,温泉を利用することも多く,温泉好きであったのであるから,硫黄臭の強いガスが有毒なものであることが多いことを認識していたか,容易に認識することができたはずなのに,あえて,危険を犯して湯溜まりⅡに入ったものというべく,そうすると,被控訴人国は,湯溜まりⅡにおいて本件のような事故の発生する危険性を予測することができなかったものと認められる。したがって,被控訴人国が,前記のような柵等を設置するなどの措置を採っていなかったことをもって,直ちに本件遊歩道の設置又は管理に瑕疵があったとはいえない。そして,その他,本件遊歩道の設置又は管理に瑕疵があったことを根拠付けるに足りる事実は,本件証拠上これを認めることができない。」。
今は地獄谷は,頑強な柵等が儲けられているが,当時は,そういうものはほとんどなかったろう。ふらふらと湯溜まりに入って露天風呂気分を味わいたいのも分かるが,登山家は安全性の判断もせずに,それをしてはいけない。
ただこれが普通の観光客だったらどうだろう。自然と管理の問題は難しい。
ご遺族には気の毒だが,この判断は妥当だと思う。山好きの弁護士として身につまされるが。
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